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【2017/12/19 05:15 】 |
印鑑の文化

現代社会で何かしらにつけて必要となる、いんそう・INSOU・印相について、紹介していきます。
前回は印相(INSOU)における凶相印鑑について紹介しました。

今日は、印相(INSOU)を語るうえで欠かせない、印鑑の文化について少し紹介したいと思います。

 

さっそくですが、印鑑の文化がある地域は、意外にも少ないのです。

その地域は、たいていが東アジア地方で、東南アジア圏でも見られますが、その他の地域では、印鑑ではなく「サイン」が使われています。

主な印鑑文化は、日本、そして中国、韓国、台湾、北朝鮮の東アジアです。

そして、ベトナム、インドネシア、ラオス、マレーシア、シンガポールでも使用されているようです。

他の国ではどんな印鑑なのか、ちょっと興味がわきますね!また今度調べてみますね!

 

印鑑は、「判子」や「印」など色々な名前で呼ばれていますが、なぜこんなにもたくさんの名前があるのか、それはどうやら長い歴史にその理由がありそうなのです。

印鑑の文化が始まったとされる、その歴史はとても古く、紀元前70006000年前頃の遺跡から、原始的な印鑑が発掘されていて、使われていたのは、紀元前5000年前に古代メソポタミアからだと言われているそうです。

それが印鑑の歴史の始まりのようです。

その頃の印鑑は、どうやら今とは使われ方が違っていたようでした。

印面に印影が反転して描かれているのは同じですが、 朱肉やインクなどをつけて押し、文字が読めるようなものではなかった可能性があるそうです。

ただ、今も昔も何かの「証明」のために使用されていたらしいということは、確かみたいですけどね。

そんなにも前から使われているなんて知りませんでしたし、今の時代にはアナログすぎるかもしれませんが、こんなにも歴史ある「印鑑」、これからも印鑑制度は続けてほしいものですね!

 

そして、粘土板などに押す、「スタンプ型」と呼ばれるものが使われていたそうです。

その後、円筒の印鑑が用いられ、粘土板などの上で転がして使われていたとされます。

それから紀元前3000年頃、古代エジプトで「スカラベ型印章」というものが用いられ、それ以降、認証や所有権の証明、権力の象徴として、用いられてきたとされています。

それほど昔から、今と同じように使用されてきたなんて、本当にびっくりですね。

 

では、日本に「印鑑」が伝わってきたのはいつなのでしょうか。

書物で残っているのでは、日本書紀に史実として、持統天皇が木製の印鑑を譲渡したと記されているそうです。

ただ残念なことに、木製のため現存はしていないようです。

そして、現存しているのは、社会の教科書にも載っている、「漢委奴国王」と彫られた、あの「金印」が最古だそうです!

これは私も聞いた事があるので(テストに出た覚えがあります・・笑)、皆さんも一度は聞いたことがあるんではないでしょうか♪

 

中世に入ると、ヨーロッパ各地で印鑑は「富の象徴」として用いられるようになります。

王族や貴族がそれぞれの「印」として書簡の封印や認証に使っていたそうです。

また、現在の研究では、世界各国で発掘された印鑑の分布を調査し、 四大文明との関わりや交易の歴史などを明らかにする手がかりとして期待されているそうです。

特に東アジアで盛んな印鑑文化ですが、その発祥を追うと印鑑が歩んできた道が世界の広い範囲にわたっていたことが伺えますね。

もしも、海外へ行くような機会があれば、他の国の印鑑にも興味を持って、一度目を向けてみたいものです。

きっと意外な発見があるかもしれませんよね♪

 

また、現代社会で何かしらにつけて必要となる、いんそう・INSOU・印相について、紹介していきます。

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【2013/10/01 12:39 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0)
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